インサイトレポート

対 談

2021.07.28

【3|デジタル活用の実態と今後の展望】乳がん、肺がんの両エキスパートが見たコロナ禍の臨床現場 大谷彰一郎先生×吉岡弘鎮先生 対談インタビュー

大谷 彰一郎先生

1995年 岡山大学医学部ご卒業後、MDアンダーソンがんセンターでのご勤務等を経て、広島市立市民病院では主任部長、ブレストケアセンター長をお務めになりました。臨床で数多くの乳がん患者さんを診療されながら、数多くの臨床研究を手掛けるなど、乳がん領域の第一人者としてご活躍されています。ご高名な先生でありながら、気さくな語り口で我々の質問にも丁寧にお答えくださる、とても優しいご印象の先生です。 2021年、大谷しょういちろう乳腺クリニックをご開業、今後はより地域に根差した診療を目指されています。

吉岡 弘鎮先生

2000年 岡山大学医学部ご卒業後、神戸市立中央市民病院(現・神戸市立医療センター中央市民病院)、倉敷中央病院を経て、2017年より現職をお務めになっています。臨床で数多くの肺がん患者さんを診療されながら、臨床試験グループでは研究代表者としてご活躍されるなど、臨床と研究のどちらにも精力的に邁進されています。穏やかな中にも闘志を秘めた先生で、患者さんのためにといつも夜遅くまで働いていらっしゃるご印象の先生です。

——コロナ禍において、製薬企業とのコミュニケーションにどのような変化がありましたか。

大谷先生:広島市立市民病院のように公立病院は、緊急事態宣言が発令されると、よほど緊急の用事でない限り、製薬企業の訪問を禁止するということが明文化されています。ですので、製薬企業のスタッフはなかなか医師と会えない状況が続いていると思います。こういった状況ではオンライン化が進まないと、情報もなかなか収集できないのではないでしょうか。

一方、我々医師は一般的な薬剤の情報はインターネットで何でもダウンロードできる状況ですから、我々医師が、面談にしても、オンラインにしても、ぜひ会ってみたいと思いたくなるような情報を持ってきてくれないと、製薬企業のスタッフとわざわざ会いたいとは思わないでしょうね。

オンラインは気軽なイメージがあるかもしれませんけれど、わざわざパソコンを立ち上げるというワンアクションが必要になりますので、それを超えるメリットがないと気軽にいいですよ、とはなかなか言えるものではありません。

これからはオンラインが主流になると思いますが、対面のメリットを超える何かを提供してほしいというのが私の本音です。

吉岡先生:私は基本的に何か具体的な用件がないと面談をしていません。単に私から患者情報の聴取をするだけの面談を何回か経験してからは、こちらから必要な時に声をかけさせてもらうというスタンスにしています。

オンライン面談になった便利さは感じていて、つい先日も、19時から23時まで1時間ごとに複数の製薬企業のMRさんと面談しました。23時に病院に来て、とはさすがに言いづらいですが、オンラインであればMRさんが喫緊の用事がある場合には遅い時間でも面談できるというのは、医師が日中忙しくて時間が取れない場合には(MRさんは嫌がっているかもしれませんが(笑))助かります。

いずれにしても、こちらに配慮のない情報の一方的な押し付けや患者情報の聞き取りだけの面談を一度でもされると、次から会おうという気は失せてしまいます。ですので私は面談を依頼されたときは、どのような目的、内容かをできるだけ確認するようにしています。内容によっては申し訳ないですがお断りすることもあります。お互いwin-winの関係を築きたいものですね。

大谷先生:吉岡先生のレベルになってくると、治験に関するデータは欲しいけれど、一般の医師が知りたいと思っているような情報はあまり必要ないのではないでしょうか。

私は開業してから漢方を取り入れてみたいと思い、そのあたりの情報について製薬企業に尋ねたんですね。そうしたら、「この薬剤についてZoomで情報提供しています。先生の聞きたいときにいつでも入室してください。30分ごとに情報提供しています。」と案内してもらったので、内容を見て自分が見たいものにアクセスしています。自分の専門外の情報に関してはこのような形はいいかもしれないと思いましたね。

ですが、自分の専門領域である乳がんでは、そのようなコンテンツにアクセスして聞きたいとは思いません。そのような程度の情報提供であれば、わざわざインターネットにつなぐ手間のほうが大きいです。

ですから、製薬企業が医師に情報提供するときは、医師にどのようなメリットを提供できるのかを明らかにして、上手にアプローチしてほしいです。やり方によっては、かえって悪い印象を残すだけになってしまう気がします。

吉岡先生:大谷先生のおっしゃる通りですね。個人的にありがたいのは、例えば肺がんで重要な医療機関の動向など、普段の生活で我々が耳にすることがない情報を提供してくれる情報通なMRさんです。そのようなMRさんであれば、喜んでお会いしたいですね。もちろん、そこはwin-winの関係でなくてはいけませんから、MRさんが伝えたい情報をお伺いし、欲しい情報にもきちんと対応させてもらいます。意識して医師にとって有益な情報を提供しようと一生懸命に取り組んでいらっしゃるMRさんはいますよ。

——先生が最近、新たに取り入れたデジタルツールや、使用頻度が高まった情報収集媒体として、どのようなものがありますか。

大谷先生:開業しようと思ったタイミングでYouTubeを立ち上げました。私はよく講演に呼ばれるのですが、YouTubeを使ってその時に話したような色々な乳がんの話をすれば、効率よく情報を伝えられ、クリニックについても幅広く知ってもらえると考えました。

実際に、YouTubeをご覧になってクリニックに来てくださった患者さんもいましたし、中には東京など遠くにお住まいの患者さんが、オンライン診療やオンラインセカンドオピニオンを依頼してくださるというケースもありました。

YouTubeなら幅広い人が見てくれるのではないかなと思って始めましたが、悪くはないと思います。

コロナ禍を機に、ユーチューバーになったというのが情報収集や情報提供の大きな変化でしたね(笑)

吉岡先生:YouTubeに動画を投稿するのは、影響力が大きそうですね。私も少しやってみたいとは思っているのですが、なかなか実行に移せていないのが現状です。

YouTubeを始め、オンデマンド動画は、見たい時に観ることができるというのが非常にありがたいですね。私があまり得意ではない分野を勉強する際にはオンデマンド動画を何度も観て勉強しています。

Web講演会はライブで観ないといけませんが、オンデマンドであれば何回も観ることができます。最近のWeb上で行われる学会でも、Web講演の録画を後で何度でも観られるようになっており、非常に勉強しやすくなった印象があります。

——コロナ禍で先生同士のコミュニケーションが難しくなってきているかと思います。先生同士のコミュニケーションはどのように行っていますか。

大谷先生:コロナ感染症流行直後は、オンライン飲み会という珍しいことをやっているなぁと思っていたのですが、一度やってみようと思い、仲の良い先生方とやってみたら結構楽しめるものだと思いました。だからと言ってしょっちゅうオンライン飲み会をするということはないのですが、利用できるものは利用したほうが良いですね。

反対に言えば、今まで行ってきた飲み会がそこまで必要なかったんだということが分かりました。飲み会に使うお金が節約できて健康にもなるという気もします(笑)

ですが、会って話をしないとなかなか難しいことがあるのも事実です。オンライン飲み会も一長一短かと思います。吉岡先生が先ほどおっしゃったように活用できる部分は活用していく、活用していくべきツールでもあるということで、この流れに乗っていかないと我々も遅れていってしまうと考えています。

吉岡先生:私は、WJOG、JCOG、TORGといった多施設共同の臨床研究グループにいくつも参加しているのですが、それらの会合が毎週のように実施されていて、そこで医師同士のコミュニケーションは取れています。そのような会合は大人数なのでさすがに裏話も含めたぶっちゃけトークはできませんが、数人レベルのWeb会議になれば今までと変わらない話ができていると思います。

飲みニケーションはほぼなくなりました。なので、ここだけの話といったひそひそ話をするということはできなくなりました(笑)。そこが変化かもしれません。

大谷先生:私も臨床研究グループの班会議を行おうとすると、以前であればどこかに全員集まらないといけなかったのが、Zoomであれば皆の時間を合わせるだけで良くなり、やりやすくなったと感じています。移動時間がなくなったというのがとても大きいです。実は会議をするだけであれば、デジタルを使ったほうが集まれる可能性が高くなっているのではないかと思います。

ただ、吉岡先生がおっしゃったように、こっそり聞きたい事をわざわざテレビ電話ですることはなかなかないので、そこは難しいところです。

いずれにせよ、交通の時間や手段を選ぶ手間がなくなったので、会議がしやすくなったのは事実だと思います。

吉岡先生:私も毎週、会議で東京に行かなくてすむので、身体が楽になり、時間の節約もできています。それは本当に良かったと思います。今後もなるべく負担を減らしたいと思っていますので、現地集合と会場をWebでつなぐ形式を併用したハイブリッド型の会議や講演会であれば、むしろWebの方で参加しようと思っているくらいです。大きな会議ではWebで困ることはあまりないように感じています。

また、先ほどのMRさんとの面談の例と同様に、お互いの都合さえ合えば、ちょっとした時間の合間にでもすぐにつながれるようになったのは良かったですね。例えば、統計の先生と込み入った話をしたいときも、画面を共有しながら話し合うことができます。統計の先生はとてもお忙しいので、いざアポイントを取ろうとすると、なかなか予定が合わせられないということがありました。遅い時間でも15分だけオンラインでコミュニケーションを取る、といったようなことができるようになったのは非常に良い点だと思います。

——今後、医療や医薬に関する情報提供や情報収集の形はどのようになっていくと思いますか。

大谷先生:今のデジタルを使った情報提供、情報収集が継続されるのは間違いないのではないでしょうか。飛行機に乗れなくなり、色々なところに行けなくなったことは残念ですが、移動時間がなくなったことで本当に楽になりました。これまで通勤や会合に出掛けるために掛かっていた移動時間を削減できたということはコスト的にも身体的にもとても良いことだと思います。このモダリティに自分自身も、製薬企業も乗っていかないと、時代に後れを取ってしまうのではないかと思っています。

吉岡先生:コロナ禍でWeb会議システムが著しく発展して、この変化は様々なメリットを生み出しました。このようなデジタル活用は今後コロナが収まっても消えることはないのではないでしょうか。味を占めてしまったと言って良いと思います。たまには東京にも行きたいですが(笑)

大谷先生:そうですね、どちらか一方ではなく、ハイブリッドが良いですね。メインはオンラインで、2ヵ月に1回程度東京に行くというのが現実的かもしれません。

——それでは、本日の対談はこちらで終わりにしたいと思います。大谷先生、吉岡先生、ありがとうございました。

大谷先生:吉岡先生、ありがとうございました。

吉岡先生:大谷先生、楽しい時間をありがとうございました。

―「デジタル活用の実態と今後の展望」に関して、コンサルタントからのコメントー

コロナ感染症流行をきっかけに、製薬企業のMRの活動はWeb面談やメールなどデジタルを通じたものへと変化してきたと思います。それと同時に、先生方の情報収集行動や面談に対する意識も大きく変化しています。これまでの活動を単にデジタルに置き換えただけで十分でしょうか。先生が求めている情報は社内の誰が持っているのか、自社のWebサイトのどこにあるのか、今一度自分が持っている武器を確かめてみてください。そして、その情報まで先生と一緒にたどってみてください。情報のナビゲーター、それがアフターコロナのMRのあるべき姿ではないでしょうか。

椎名 秀一
国際ライフサイエンス株式会社
医薬品マーケティング&コンサルティング
ヘッドディレクターおよびコンサルタント

1999年、3年間の金融機関勤めを経て国際ライフサイエンス株式会社に入社。以降、20年以上にわたり、国内外の製薬企業の営業、マーケティング、メディカル部門の課題に共に取り組む。製薬企業の本社、営業所向けの研修のほか、医師会、薬剤師会向けの講演会も行い、医療従事者とのネットワークも豊富。

 


さいごに
今回は、乳がん、肺がんと、領域の異なるエキスパートの先生方に、コロナ禍における診療、診療科間の情報共有、メディカルスタッフとの連携、デジタルを活用した情報収集など、現場のリアルなお話をたくさんお話していただきました。今後も国際ライフサイエンスは現場の先生の生のお声を大切にし、皆様にお届けしてまいります。